地黄古城 史跡 丸山城跡 & 地蔵橋の板碑/金剛界大日・弥生三尊種子板碑 能勢散策

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地黄古城 史跡 丸山城跡 & 地蔵橋の板碑 能勢散策

地黄古城 史跡 丸山城跡

今だけか・・・たまに行くからか田舎の方が楽しいよね!?

自分だけの環境だったら楽しいけど村八分とかにされたらいし…

住めば都ですかね?

最近は、Googlemapniほとんど史跡の印もつきだしているので特に探すこともないですね。

丸山城は、長元年間(1028~37)源頼光の子頼国が摂津から丹波へ通じる交通の要所であるこの地に城を築き能勢氏を称し代々ここを居城とした。
 城郭はきたから南へのびる尾根の先端を不快堀切を設け、尾根を区切り北より本丸、二ノ丸、三ノ丸、廓など一列に並び細長くなっている。
史跡は、中瀬の築城様式特有の土塁、竪堀、空堀帯、曲輪帯が設けられ防禦に優れた山城で幾度も戦いが繰り広げられたが、その都度退け、500年余り守り続けた遺構が原型のままで残されている。

能勢地黄城築400年祭記念事業 2015年 4月

大阪府豊能郡能勢町地黄1196

地蔵橋の板碑 金剛界大日・弥生三尊種子板碑

地蔵橋の板碑

古くから「仁之院」という由緒ある地名をもち、田尻古墳・二の院遺跡・道教・妙見献灯など、今に往時の面影をとどめている。

金剛界大日・弥生三尊種子板碑 南北朝時代
地上高 181,5㎝という大杉の板石に 金剛界大日の種子「バン?」を配り、六万月輪内の蓮華座上に阿弥陀山尊の種子が鋭く薬研彫されている。即身成仏と極楽浄土に往生を願う密教と浄土教の混淆で、府下でも類例の少ない遺品である。

平成4年3月 能勢町教育委員会

大阪府
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