弁慶の泉
伝弁慶の泉由来記
この泉は、享保二十(一九三五)年の摂津志に
在今在家村 其味冷甘 谷伝弁慶
止渇干此
としるされている文治元(一一八五)年 追われる身となった源義経が西国街道を逃れて河尻(尼崎)まで行く途中 多田蔵人行網や豊島冠者の武士団に前途をさえぎられたために 義綱とともに武蔵坊弁慶もよく奮戦しこの泉でのどの渇きを潤したとつたえれれている またこの泉は今在家村一帯の灌漑用水としても重要な役割を果たしてきた由緒ある泉である。
池田市史跡名勝天然記念物 史跡第三号
昭和五十三年十月三十一日指定
池田市教育委員会
ちょいと不安
名称 | 弁慶の泉 |
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場所 | 〒563-0035 大阪府池田市豊島南2丁目2 付近 |
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