豊中市曽根西町 原田井(久米井)の洗い場

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原田井(久米井)の洗い場

原田井の洗い場
原田集落の縁辺に沿って流れるこの水路は、遠く猪名川を水源とし、伊丹、尼崎から豊中にいたる広大な田畑を潤し続けた、猪名川流域で最大級の農業水路でした。
奈良興福寺の門跡大乗院につたわる日記には、寛正二年(一四六一年)、六車庄(原田庄)と田能村の間で、この水路(久米井)をめぐる水争いが生じたことが記され、役五五〇年前には存在していたことが分かります。
近年には、酒井・森本・岩屋(伊丹)、田能(尼崎)、勝部・原田・桜塚・曽根・岡山(豊中)の九ケ村に利用されたことから九名井とも呼ばれしたしまれてきました。
水路の中に見える階段のようなものは、じつは洗い場のあとで、流れる水は村民たちの生活用水としても長く利用されたそうです。
平成二十四年(二〇一二)三月   豊中市教育委員会

明治時代のころの地域・・・原田城跡冊子引用

名称原田井(九名井)の洗い場
場所〒561-0801 大阪府豊中市曽根西町4丁目3 付近
時間フリー
地図
原田集落原田城北城から南条付近に広がる古くからの集落。江戸時代には、梨井、中倉、角、南町の4つの村に分かれ、忍藩安倍氏を中心に旗本船越氏・鈴木氏といった複数の領主が知行した。

空港近くの原田井(九名井) 勝部弥生遺跡

2016/7/26

豊中市
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